間違いながらも修正して、人生にしてゆく。
12.28.2023
12.17.2023
12.03.2023
12.02.2023
8.11.2023
7.29.2023
7.21.2023
"La vie d'Adèle CHAPITRES 1&2 "「アデル、ブルーは熱い色」
まだ序章。
公式Twitterより。
苦しみや喪失は同等でも、変えられない強者と弱者の関係性。
苦労なく受け入れる両親も、友人関係も、職場環境も、自分自身も、持つ者と持たざる者。
恋人としての相性は抜群でも、パートナーにはなれない。
Emmaをミューズにした第二章を書き終えて、Adèleは一人で次の章へと進む。
4.30.2023
3.05.2023
「こんなとき、私はどうしてきたか。」
・たくさんの考えが同時押し寄せてきたらたまらないので、独り言を言う。いっぺんに一つのことしか出てこないから。
・先回りの言い訳をしない。先に断る。
・「見込みがある」と伝える。士気を維持する。
・睡眠は、48時間で調整する。
3.04.2023
「日本の高齢者就業」
1970〜90年代
ヨーロッパで高齢者の早期引退推奨(若年者高失業対策)
1990年代後半〜
ヨーロッパで高齢者就業を促進(年金等負担の増大)、ブリッジジョブの普及
他方日本はもともと高齢者就業率が高く、60年代前半の継続雇用が進展。出向や転職も存続。
定年年齢後の継続就業が制度化される以前の2002年調査によると、55〜79歳の人は、農林漁業や小規模企業管理職は10年以上継続して働き、元大企業の人は転職している人が多い。非勤労収入がある人は無業化し、それが減ると就業する。70歳未満は就業希望が多い。
50歳以上の中途採用は経営状態が良く中高年層の過剰感が少ない企業で見られ、プッシュ型出向はそうでもない。プル型出向を受けれる企業は、中高年を雇用維持しようという考え方が強く、年功賃金等への変革志向が強い。
高齢期の労働移動は、大規模企業への移動、同一産業間や同一職業間移動の場合に賃金下降が少なくなる。「自己開拓」に比べ、「継続雇用」や「ハローワーク等」は低下する確率が高い。「会社斡旋」は賃金を高める(または低下を少なくする)。「継続雇用」は、大企業および事務従事者がなりやすい。「会社斡旋」は、中堅規模企業や専門性が高いホワイトカラー、現業系が多い。「ハローワーク等」は中小企業およびサービス業関連が多い。
60代前半層では、規模の大きな企業では「継続後非正社員」となるケースが多く、規模の小さな企業では「無定年正社員」となるケースが多い。継続雇用は大幅な就業条件の変更を可能にしたが、当人の満足度を低下させている。
60代前半層の現職への移動は、「継続的雇用型」は業種関わりなく普及しているが元管理職以外が多い。若手社員の育成等に関わると満足度が高まる。専門能力を高めるための訓練が必要。「出向・斡旋型」は元大企業管理職が多い。「定年期転職型」は高齢期に親会社等から移動してきて管理職等についている人が多い。決められた仕事をきっちり行えることが満足度の向上につながっている。仕事総合満足度は「出向・斡旋型」で高く、正社員や役員となっている人で高く、重要な仕事を裁量権を持ちながら行えるようになっている。
希望就業上限年齢は、「経済的ニーズ」がより強力に上昇に作用するが、「仕事特性」と「仕事に対する考え方」からなる「仕事に関する質的変数」も影響する。
常用労働者に対する60歳以上の構成比は2005年8.8%→2009年11.6%。2005年→2007年の「29歳以下」構成比は経営状況と正になり、「45〜59歳以下」が負だった。しかし2009年(リーマンショック直後)は、「30〜44歳」が負となった。企業の新卒者重視という採用慣行が影響していると考えられ、景気悪化局面では若年層の上の年齢層である中堅層の雇用難を引き起こす可能性ある。
シニア自営業を「収益重視派」と「面白さ重視派」に分けると、「収益重視派」は「不動産業、物品賃貸業」と「卸売業、小売業」で多く、「面白さ重視派」は「専門・技術サービス業」が多い。事業の収支状況は「収益重視派」の方が良好である一方、仕事や生活の満足度は「面白さ重視派」の方が高い。
2.26.2023
「THE FIRST SLAM DUNK」
ゴールの音と網の動きが。
公式Youtubeより
これを観て原作を読み直したくならない人間がいるだろうか。
前半のリアルタイム進行も後半の原作準拠演出もどちらも楽しい。
進化した技術で「SLAM DUNK」を楽しめる歓び。
歳を取るって素晴らしい。
2.04.2023
1.29.2023
1.09.2023
1.02.2023
「初期仏教 ブッダの思想をたどる」
仏教誕生(紀元前5世紀頃)前、インドに進出して農耕社会を築いたアーリア人が信仰していた「ヴェーダ」祭式が社会秩序を維持していた。農耕社会による人口増加や当時ペルシア帝国からの鉄製製技術の伝達により開発が進み、国家が複数成立していく。富裕層の台頭を背景として、家庭や労働を放棄した出家僧≒新たな思想家たちが生まれていく。そのうちの一つであった仏教は、「生天論(天界への再生を目指す)」「要素論(人間は諸要素の集合にすぎない)」「解脱論(輪廻からの解脱を目指す)という点では他の思想と同じだったが、再生への条件とされていた祭式や、輪廻から解脱する方法だった苦行を必要ないかたち(贈与と習慣)に組み替え説いている。また、「行為」の原動力としての「意思」に焦点をあてたところに独自性があった(意思の自由がないところには行為の善悪は成り立たない)。あくまで自分で自分の行為を律することが大事で、共同体の秩序に従うとか、神の命令に従うといった他律性はない。このような行為論に立って当時の社会思想を転換し、為政者の正当性を行為そのものに求めた。
ブッダは「法と律」を師とするよう遺言し、「法と律」こそが正当な仏典であると位置付けられた。
法:「四阿含(しあごん)」。ブッダが教えを解く物語形式の散文。
律:「経分別(きょうふんべつ)」出家者の生活規則を解説する。「犍度部(けんどぶ)」出家教団の運営方法を規定する。
遅くとも紀元前後には、律に伝わる「布施」「戒」「四聖諦(ししょうたい)」「縁起」「五蘊(ごうん)」「六処」は成立していた。
紀元前3世紀、南アジアの大半が統一されマウリヤ帝国が建設され、最盛期を築いたアショーカ王は仏教を信仰したが、他宗教を弾圧することはなく、マウリヤ帝国崩壊(紀元前2世紀初頭)後、インドは西方から大きく影響を受けることになる。
仏像:紀元前は菩提樹や仏塔がブッダの象徴だったのに対し、1世紀になるとヘレニズム文化の影響を受けて仏像が製作されるようになる。
僧:紀元前は基本的に遊行生活が前提だったのに対し、紀元前1世紀になると海上交易が隆盛し富を得た商人階級が寺院へ寄付することで出家集団は資産を運用する組織へ変わっていく。
教え:恒常の寺院ができることで仏典は口承から写書へと変化した。
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